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仕事。13選 川村元気【要約・感想・書評】

仕事。13選 川村元気【要約・感想・書評】

こんな疑問や課題に答えます。

川村元気さん(映画プロデューサー、小説家)の2014年9月出版「仕事。」の内容や評価、感想とは?

各分野で活躍する12人の大御所たちは、どのような考え方を持って仕事に取り組んでいるのだろう?

とも

川村元気さん(1979年生まれ)の経歴は、上智大学文学部新聞学科卒業後、2001年東宝入社(チケットのモギリから社内の企画募集に応募しプロデューサーへ)、そして2005年に企画・プロデュースした映画「電車男」が興行収入37億円の大ヒットを記録します。

それを皮切りに、2008年「デトロイト・メタル・シティ」、2010年「告白」「悪人」、2011年「モテキ」とヒット作を連発し、翌年2012年には、小説家デビューも果たして「世界から猫が消えたなら」が累計部数100万部突破と小説家としても成功します。

さらに2016年には、「君の名は。」が観客動員1900万人、興行収入250億円を超える大ヒットになり、中国、韓国、台湾等でも歴代の日本映画の最高興行収入を記録と、凄まじい功績を残し、ヒットメーカーとしてその地位を確立します。

参考

川村元気Wikipedia

この本は、そんな川村元気さんが、各分野で活躍する下記の大御所たち12人に対して、仕事に関すること様々なことを聞いたインタビュー集になります。ということで、印象深い箇所や学びが大きい箇所を紹介したいと思います。

  1. 山田洋次(映画監督:代表作「男はつらいよ」)
  2. 沢木耕太郎(作家:代表作「深夜特急」)
  3. 杉本博司(写真家:「作品集」)
  4. 倉本總(脚本家:「作品集」)
  5. 秋元康(作詞家:代表作「AKB48」)
  6. 宮崎駿(映画監督:代表作「ジブリ」)
  7. 糸井重里(コピーライター:「作品集」)
  8. 篠山紀信(写真集:「作品集」)
  9. 谷川俊太郎(詩人:「作品集」)
  10. 鈴木敏夫(映画プロデューサー:「作品集」)
  11. 横尾忠則(美術家:「作品集」)
  12. 坂本龍一(作曲家:「作品集」)

仕事。13選

僕は今、心から「仕事がしたいです」と言えるのだろうか。 金のため、もしくは立場上、なんとなく働いているのではないだろうか。 僕は仕事について考えてみた。 そして気づいた。 仕事には、二つの種類がある。 一つは、金をもらうための仕事。 もう一つは、人生を楽しくするための仕事だ。大人になってからの、ほとんどの時間。 つまり生きているほとんどの時間、僕らは仕事をしている。 だとしたら、僕は金のためではなく、人生を楽しくするために仕事をしたいと思う。 心から「仕事がしたいです」と叫びたい。そんな仕事を僕は「仕事」ではなく「仕事。」と呼びたい。

仕事には2種類あります。僕のキャリアはブラック企業からスタートしたのですが、今ではブラック企業に感謝しています。それは、後者の生き方をすることを決意させてくれたからです。

  • 金をもらうための仕事
  • 人生を楽しくするための仕事

そしてこれはとても不思議なことなのですが、実は人生を楽しくするための仕事をすることで、結果的にお金がついきます。好きこそものの上手なれという言葉がある通り、好きなことを仕事にすることで、一歩抜きん出ることができるんですよね。

参考

堀江貴文本「好きなことだけで生きていく」の後悔しない働き方ともろぐ

ということで、人生を楽しくするために仕事をしている12人の大御所たちインタビューした本書の内容から、13つに厳選して紹介します。

惚れ込む感性のほうが大事

山田 君らの世代に共通した何かっていうのは僕は見当もつかないけど、僕らの世代は他人の映画の悪口ばかり言っていた。でも、後になって批判する頭のよさより、いいなぁと惚れ込む感性のほうが大事だと思うようになったね。アイツはばかだとか、あの作品はだめだとか、決めつけるのはかっこよかったり気持ちがよかったりするけど、そういう人間はえてして才能がない場合が多いな。

あなたの身の回りでも、いつも何かを批判している人と、これはいいなと称賛している人の2通りがいると思います。その2パターンのうち、どちらが幸せな人生を送っているかというと、断然、何かを称賛している人なんですよね。昔からそうなんですね。

35歳までに自由を獲得するための土台を築くこと

川村 沢木さんは初めにご自身でも言われてましたけど、やっぱり職人なんだと思います。
沢木 確かに仕事場までは40分くらい歩いて行くんだけど、その間に大事なことは考え終わってて、机の前に座ってしまえば、あとは職人的な肉体労働なんですよ。
川村 そこには誰も入ってこなくて、きっと、すごく楽しいんでしょうね。
沢木 仕事場には誰もいないし、電話がかかってきて「沢木先生を呼んでください」って言われて「沢木です」って言うと、たいてい驚かれる(笑)。仕事では誰かを使うとか一緒に組むってことをいっさいやらなかった。取材も一人。とにかく自由に動きたくて、自分の興味のあることを、自分の好きなスタイルで、極端に言えば誰にも干渉されないで一人ですべてをコントロールしてやってきた。初めの話に戻るけど、35歳までにそれができる土台を築いたってことも大きいよね。「あとは自由にできる。それについて文句は言わせない」って。その自由を獲得するために、単純なことでいえば金銭的な面とか、35歳までは不自由を若干我慢したとも言える。何でもやるんじゃなくて、仕事も原則的にはほとんど断わっていたし、なるべくやらないことによって自分を持して、方向性を決めていったっていうかね。

深夜特急などで知られる作家の沢木さんは、とにかく自由に働きたくて、一人で全てをコントロールして仕事をしているそうです。そしてそのためには、35歳までは不自由を我慢して、頑張ってきたといいます。

僕も自由を獲得するために、プライベートの時間を仕事の時間にあてていたので、これにはとても共感しました。そして、机の前に座って仕事をするのが主なので、ホワイトカラーも肉体労働というのが、とても印象に残りましたね。

自分で世の中への出方や戦略を考えてやるのが正しい

杉本 やっぱり一人一人が自分で世の中への出方や戦略を考えてやるのが正しいよね。もともとはレオナルド・ダ・ヴィンチにしろモーツァルトにしろ、激しく売り込みをしていたわけだから。
川村 自分から売り込むのはかっこ悪いみたいに思われがちですけど、みんな外に言わないだけで、意外とそういうことをやっているということですね。

70歳になる杉本さんが、世に出る出方や戦略を考えてやるのが正しいということにとても重みを感じます。そして、才能溢れる歴史上の人物たちまでもが、激しく売り込みしていたというのですから、僕ら凡人が売り込みを頑張らないんでどうするんだと気が引き締まりました。

僕が作家になったと言えるのは、50代後半から60代

倉本 ラジオはラジオでめちゃくちゃ忙しくて、28歳まで4年ほど勤めましたが、最後は2時間睡眠が2年ほど続きましたね。本当に精神がいかれちゃって、ノイローゼになりましたよ。
川村 僕も『世界から猫が消えたなら』という初小説を書いたとき、昼は映画をつくり、夜は小説を書くという二重生活で、倉本さんのようにノイローゼになりかけました。でも、それを書いたことで逆に映画にしかない表現のアドバンテージにも気づけたというか。多少むちゃでも今のうちにそういうことをやっておかないといけない気もしたんですよね。
倉本 誰かから、世間から抜きん出るには、やっぱりどこかで無理をしないといけない。だから、僕は睡眠時間2時間だった時期のめちゃくちゃな無理が財産ですね。
川村 脚本を書くうえで特に苦労をされた時期というのはあるんでしょうか?
倉本 ニッポン放送を辞めてドラマのシナリオライター一本でいこうと決めたのは28歳のときなんですけど、どんな仕事にも下積みの時代があるように、僕もそれをしておかないと長続きしない、プロとして通用しないと思いました。そこでシナリオ作家になるのは置いて、まずはどんな注文にも応えられるシナリオ技術者になろうと、日活と契約して歌謡映画ばかり書いたり、東映でポルノみたいなのを書いたりしてましたね。そこで力量を認められるようになった頃には、人間としての中身も少しは膨らんで、オリジナルで書きたいものが出てくるんじゃないかと。だから、僕が作家になったと言えるのは、50代後半から60代だと思います。
川村 今は自分も含め、自己表現を焦る傾向にあるような気がします。
倉本 それはそれで正しいんですよ。20代や30代なんて言ってみれば青春時代なわけで、僕だって自分なりの表現やオリジナリティにたどり着けていないにもかかわらず、破天荒に無鉄砲にやってました。ただ、本当に作品と言えるものはもっと先になるんじゃないかなとは常に思ってましたけどね。

前半の2時間睡眠が2年ほど続いたというのは驚きましたが、成功者で睡眠時間を削っている人って多いような気がします。ショートスリーパーの方は、足りない分を時間で補うことができるので羨ましい限りですね。

一方で、本当に作品といえるものを作れるのは、年を重ねてからというのも感慨深いものがありました。そのためには、若いうちからいろんなことを経験することが大切だと感じました。やっぱり皆さん、若いうちから経験できるポジションにいるんですよ。

何かの分野で突き抜けるとトップオブトップの人と繋がることができて、より他から抜きん出ることができるようになるとは、現代の魔術師の異名を持つ落合陽一さんも仰っていましたね。詳しくは下記の記事をご覧ください。

参考

10年後の仕事図鑑:堀江貴文&落合陽一【書評】ともろぐ

成功している人にプロデューサー的な感覚がある人は多い

秋元 記憶に残る幕の内弁当はない、というのが僕の基本なんだよ。おかずがいっぱいあると絶対に覚えられない。
川村 秋元さんはプロデューサーの脳みそと、クリエイターの脳みそを両方もっていて、そのバランスが異常にいい。〝フライングゲット〟というフレーズが気になっていて何とかしたいプロデューサーは意外といるかもしれませんけど、そこですぐ自分で歌詞が書けるというのは、なかなか類を見ない。そういうことができる人、今まで秋元さんの周りにいましたか?
秋元 どうだろう。ただ、成功している人にプロデューサー的な感覚がある人は多いと思う。日本だと〝プロデューサー的〟というのはあまりいい意味では使われないように感じるけど、例えば村上隆さんも昔のようにコツコツと芸術だけをやっていない感じがあるし、安藤忠雄さんや千住博さんと話をしていても、主観と客観のバランスがすごくいいと思う。
川村 そうなんですね。
秋元 本人が意識していない場合もあると思うけど、僕なんかはすごく意識している。つまり、プロデューサーの秋元康が作詞家の秋元康に発注しているんだよね。

記憶に残る幕の内弁当はない、とは超名言ですよね。スーパースターを集めれば、高品質なものが必ずしもできるわけではありませんよね。やっぱりラーメンだったり、カツ丼だったり、なにか一発ガツンと一極集中した偏りに人間は惹かれるものです。

そして、ものづくりを仕事にしている者として、プロデューサー的な感覚が大切という話は興味深かったです。成功するには、客観的にその作品を見ることができる視点が必要ですよね。ときにそういう作品は商業的だと批判されてしまいますが。笑

どこかで渦の中から抜けたほうがいい

川村 渡米は急に思い立ったんですか?
秋元 29歳のときに行ったんだけど、その1年くらい前から、出す曲もやる番組も当たるけれど根拠がないから、いつかメッキが剥がれるなと思い始めた。例えば放送作家になる勉強をしたとか、作詞家になる専門学校に通ったとかが何もなかったからね。勉強し直すつもりで行ったんです。
川村 もしもニューヨークに行っていなかったとして、『川の流れのように』が書けたとます?
秋元 わからないけど、タイトルは違っていたかもしれないよね。ただ一つ言えるのは、ニューヨークでの時間は絶対に必要だったってこと。あそこで完全に開き直った感じがするんだ。何とかなるっていうのと、所詮だめだっていうのがわかった(笑)。
川村 右肩上がりできて「やばい」と気づくことはできても、渦の中心から脱出してニューヨークで生活をすることに不安はなかったですか? 今の仕事を手放すのが名残惜しかったり、戻ってきたときに自分がやるべき仕事をほかの人がやっていることを想像して悔しいとか。
秋元 でも、どこかで渦の中から抜けたほうがいいよ。直近ではなくて、20年経ったときに自分がやりたいと思っていたことを人にやられていたら、そのほうが取り返しがつかない感じがする。僕が学生なのに放送作家、放送作家なのに作詞家、作詞家なのに映画もつくる、映画もつくるけどコマーシャルもつくる…って目まぐるしく動いてきたのは、自分が自分に飽きてやりたいことを見失わないように、いくつものドアを開けておきたいっていうのがあったと思うんだよ。川村くんもその才能をもっと磨くためには、違うシチュエーションをつくらないといかんね。

日本では1つのことを極める職人さん的な姿勢が美学として扱われがちですが、激動の時代においてそれはリスクです。もちろん何か1つ突き抜けた専門性を持つことに間違いはないのですが、それは1万時間あれば十分だと言われています。

それに、何か1つ突き抜けた経験はきっと他の分野でも応用が効くし、活かせると思うんですよ。自分に飽きてやりたいことを仕事にできないリスクを回避するためにも、1度どこかで異なる環境で才能を磨く期間は必要だと深く感じました。

間違った道を行っても、戻ってくる力さえ磨いておけばいい

川村 秋元さんとは、海外に受け入れられる日本のエンターテインメントについても話をしたいんです。僕は自国のものを掘り下げた〝スーパードメスティック〟で勝負するしかないと思っているんですけど、AKB48も日本の秋葉原とかアイドルとかを掘っていった結果、逆に海外にウケた部分がありますよね。
秋元 その年で気づいたのは早かったよな。僕は55歳になるけど、17歳から仕事を始めて38年間もかかって気づいたことは、まさにそれだよ。今までの自分の仕事も欧米に影響を受け続けてきたし、お笑いならハリウッドのザッカー兄弟やメル・ブルックスみたいなコントをつくりたかったけど、あれこれ真似しても絶対に勝てなかったよね。スタジオジブリの宮崎駿さんや高畑勲さんたちは、ディズニーの真似をしようとしないでしょ。
川村 ディズニーがやらないし、できないことで勝負してきましたよね。
秋元 だから、AKBもまだ海外に行く可能性があるかなぁと思うのは、ニューヨークでもロスでも、ライブをやると最初の3、4曲までは観客はみんな目が点になるんだよ。だって、彼らはあんなに歌もダンスも下手な子たちを見たことがない(笑)。でも、そのうち女の子たちが汗をかいて一生懸命やっている姿に、だんだん盛り上がってくる。もう、これしかないなと思うわけ。歌手のアデルみたいなのがいる限り、日本で多少歌のうまいやつがネイティブでもないのに英語の先生をつけて一生懸命歌ったって、勝てないよ。
川村 AKBの場合はそこに密着型のファンの応援という独特な要素も入ってきますよね。
秋元 やっぱり見たことがないものが強いんだと思うね。
秋元 僕が56年生きてきて思うのは、二つの道があったとして、慎重に、間違っちゃいけないと思って選んだ道でも、人間は間違えてしまうもの。常に正解のほうになんか進めないんだよ。だから、間違った道を行っても、戻ってくる力さえ磨いておけばいい。間違いとか失敗とか全然関係ないって感じで、何度でも甦ってきて、たまに「やっぱりアイツの右ストレートはすごい」っていう仕事をするやつが、最もクリエイティブだよね。

見たことがないものが強い、というのは、画一的な人材が多い日本国において、非常にアドバンテージになりますね。そしてそれは、人材としての希少価値にも繋がるので、非常に強いと思います。

そういう他の人にはないスキルや魅力を持った人材は、もし間違った道を行っても、いつでも戻れる力を保有しています。ブラック企業に勤めている人は、1度思い切って辞めてみて、スキルにフォーカスしてみることをオススメします。

ジョブズも仰っています。失敗を恐れてはいけません。挑戦してこそ成功を掴めます。詳しくは下記の記事をご一読ください。

参考

仕事やめたい!スティーブ・ジョブズならどうする?【名言9選】ともろぐ

競合じゃないほうがいいものがつくれる

川村 以前お会いしたときに、40代の一時期は毎日魚釣りばかりしていたとおっしゃっていましたよね。それは糸井さんの広告に対する絶望というか、諦めの時期だったのかなとちょっと思ったんです。そして、本気で仕事をしている人は、一度はその壁にぶち当たる気がします。
糸井 そもそも広告への諦めというより、そこは面白くない、居心地が悪いっていう〝勘〟が働いたというかね。例えばプレゼンテーションが競合になる。でも、僕は競合じゃないほうがいいものがつくれると信じていた。クライアントも自分も一緒になっていいものをつくろうと。ただ、そのやり方がどうやらだめらしい。だとしたら、もう一生懸命やっても勝ち戦はできないし、広告そのものが、時代が変わるんだから、そこにうだうだいるのはいやだと思ったんです。いわば、故郷を離れたというイメージですね。
川村 なぜ、釣りだったんですか?
糸井 こんないやなところにいたくないと思ったときに、いやじゃないのが釣りだった。釣りの面白さは誰も手助けしてくれないことで、餌のセッティングも釣れるか釣れないかも全部自己責任。でも、そういうのとしばらく出会ってなかったなと。だから、やっていると本能が目覚める。目覚めましたけどね、やっぱり。
川村 釣りをやっている頃が、長いキャリアの中でいちばんしんどかったですか?
糸井 個人的に女性にふられたみたいな話のほうが、よっぽど悲しいんじゃないですかね。仕事ってやっぱり人間の一部分でしかない。全力を尽くしてもね。仕事以外の時間も全部そのために生きてるって人は、いちゃいけないと思います。今日、横尾忠則さんとお昼を食べてたんだけど、「糸井くんはちゃんと生活をしている感じがするからいい。あんこを煮てるとか、そういうのがいいね」って言われましたよ(笑)。
川村 普段の生活をちゃんとしていないと、購買者の心理も見えてこないですよね。
糸井 40代のとき『MOTHER』というゲームを任天堂とつくったことがありましたけど、開発に携わってくれた『スーパーマリオ』の生みの親で世界的なゲームクリエイターの宮本茂さんなんかは、今でも近所の子どもを引率して地元の町内会のこととかも普通にやってますよ。

あれほど活躍している糸井重里さんでも、仕事に面白くなさや居心地の悪さを感じて、魚釣りに明け暮れる日々があったんですね。また、仕事以外の時間も仕事のために生きるのはいけないと、普段の生活の重要性を仰っていてハッとさせられました。

そういえば以前に糸井重里さんの、なんだかんだちゃんとした生活をしている人が強いという記事が話題になっていましたね。

忙しいと盛んに表現する人で、自主的に忙しい人はあまりいないでしょう。仕事の下僕になっているんです。自分の考えを自分の裁量でできるようになるまでは、永遠に大変だと思います。

参考

糸井重里から働く人へ ちゃんとメシ食って、風呂入って、寝てる人にはかなわないAERA dot.

もちろんハードワーカーもいいと思います。この記事に対する落合陽一さんのコメントも印象に残りました。

でも手塚治虫とかに憧れてもいいんだと思うけどな.

どうやって生きていくかってことを、面白くやれよ

糸井 痛い目に遭うと、俺はもう一生結婚しないみたいなところがあるでしょ。それって、一つの事件のリスクがあまりに高すぎますよね。やっぱり「なんかよくわかんないけど、告白してみるわ」って行ってみて、失敗してる数の多いやつは強いよね。
川村 恋愛においてそのタイプは無敵ですよね(笑)。
糸井 もっと言うと、受験とか就職とか、若者がリスクを抱えて、そんなことばかり考えなくていいよっていうのも言いたいね。どうやって生きていくかってことを、面白くやれよって。だって、僕なんか勤めるのが泣きたいくらいいやだったというところが原点なんです。夏休みが終わる前とか、悲しくなかったですか?やっぱり、ラクしたい自分をやみくもに否定しちゃだめだよね。
川村 いまだに日曜日の夜とか憂鬱ですもんね。
糸井 でも、働いてみたら面白かったってことを、大人になって知るじゃない。こうして川村さんに会うのも同じで、会ってみれば楽しいわけ。だから、僕は法則をつくったりもしてます。まず、なるべく約束をすること。できる限り約束を守ること。守れなかったら全力で謝ること。この3つを決めておくと逃げられないし、ものぐさになりすぎないように。
川村 それにしても「とにかく働け」って言う人がどうしても多い中で、「基本的に働きたくないんだよ」っていう糸井さんみたいな人もいて、両方のタイプが存在するんだってことをみんなが知ることも、仕事をするうえで大事なのかもしれませんね。

糸井重里さんの言う通り、失敗してる数の多いやつは強いです。日本人は失敗を恐れて回避する人が多いです。もちろん、事前に防げるならば失敗を回避するに越したことはないのですが、それは難しいからみんな挑戦しないで現状維持を選択するわけです。

でもよくよく考えてみれば、失敗すると学び・教訓が手に入るので、実は失敗は成功するための必要要素だったりするんですよ。例えば凄腕のナンパ師でも、ガンシカ(ガン無視)は避けられません。でも声掛けしないことには仲良くなれません。

これは、何でもそうなんですよね。特に家族も子供も背負っていない若者がリスクを恐れるのはもったいないです。僕が新卒で入社した会社を1ヶ月で退職したことは、当時は失敗したと思いましたが、今ではあの経験があってよかったと思いますから。

参考

新卒入社1ヶ月で会社を退職した理由ともろぐ

また、糸井重里さんの、ものぐさになりすぎないための3つの法則が素晴らしいですね。

  • なるべく約束をすること
  • できる限り約束を守ること
  • 守れなかったら全力で謝ること

社会人になり、求められる人材、つまり一緒にビジネスがしたいと思う人材は、結局のところちゃんと約束を守れる人なんですよね。そして、万が一守れなかったら、余計な言い訳をせずに全力で謝ることなんです。それだけで信頼できますから。

これは作家、本屋さん、編集者として有名な松浦弥太郎さんも仰っていたことですね。

参考

松浦弥太郎の仕事術14選【要約・感想・書評】ともろぐ

同じことをやっていると、自分で自分に飽きる

川村 そうやってお金のために仕事の幅を広げていったからこそ、谷川さんは今でも現役でいらっしゃるのだとも思います。そうでなかったら、「神棚に上がった詩人」みたいなことになってしまっていたような。
谷川 いや、それはどうだろう。だいたい、権威が嫌いなんですよ。うちの父親が大学の先生で、割と権威が好きだったというか、一流好みでね。彼を反面教師として育ってるから。逆に母親がおふざけが好きな人だったから、いろいろなところに仕事が広がっていったのはそっちのほうの遺伝もあるかもしれません。あとは、同じことをやっていると、自分で自分に飽きるところもあるんですよね。
川村 よくわかります。僕も映画に飽きないように、小説や絵本を書き始めたところがあります。
谷川 僕なんかもある書き方で書いてると、だんだん「こんなもんをずっと書いてていいのか」というふうに飽きてきて、ふと気がついてみたら、違う書き方ができるようになっていて…みたいなことを繰り返してきている気がします。
川村 ただ、日本という国はとかく職人気質というか、同じことをずっと掘り下げていくことが尊ばれる傾向がありますよね。
谷川 そうそう。もしかすると僕も理想としては、木が若木からだんだんと葉を茂らせて老樹になるみたいな成長の仕方がいちばんいいっていう気もしているんですよ。そういう成長の仕方をしていった詩人たちもいるわけだから。ただ、そういう人は別の食う道をもっていたよね。だから、お金に関係なく詩だけを書けたわけです。
川村 でも、谷川さんはいろいろな仕事をされているという意味では雑木林的なんですけど、その林が一つのトーンとしてまとまって見えるのがいいなと思います。
谷川 そう見てもらえているんだとしたらうれしいですし、どうしても自分から離れられないところがある。例えば17歳とか18歳のときの感受性の型なんていうのは、いまだにちゃんと自分の中にある。そのことがいいか悪いかわからないけれど、まだ人間社会に入っていない若い時分は、宇宙の中の自分みたいなことを考えていたと思うんですよ。僕の場合、その感覚がいまだに自分の感性をつくっている気がしますね。

フリーランスの中でも、よく1つのことをやっていると飽きてしまうので、他のこともやるという方が多いです。よくジェネラリストとスペシャリスト、どちらがいいか?という議論がありますが、僕の答えとしては1つ極めつつ、他分野にも手を出すです。

これを90歳弱にもなる谷川さんが仰ることが考え深いですね。

ものをつくるうえで、分別は危険

横尾 たいてい自分の中に変化が起こるときというのは、状況が変わったときですよね。だから、自分を変えたいなら、環境を変えればいい。僕は人生を変えたいとか、グラフィックをそろそろやめたいとか絵を描きたいとか考えてもなかったけど、状況がそうさせたということです。
川村 啓示に従うほうが、考えて選ぶ道より正解なのかもしれませんが、何も約束されていない方向に舵を切り変えるのは、やっぱり怖いは怖いです。
横尾 考える頭をもち合わせている論理的な人は順序だてて物事を考えられるけど、僕はそういう頭をもち合わせていないというのも幸いしたんじゃないかな(笑)。
横尾 今どこかに連れていかれて、「ここで歌を歌いなさい」と言われても、断わりますよ。もう分別がついているから。要するに僕は長い間、分別がつかなかったということです。
川村 ただ、少なくともものをつくるうえで、分別は危険かもしれないですね。
横尾 そうですね。人間っていうのはどこかで物心がついて、社会性が出てくると、やっていいことといけないことを選択できるようになって、そこから保守的になっていく。でも、例えば僕は70歳になったときにまだ40歳くらいだと感じていましたが、それは極端な話だとしても、他人から見たときに幼稚に思われたくないという気持ちがあると、ものをつくる人間には邪魔になる。
川村 わかります。40代を超えても現役の第一線で活躍をされている方の共通点は、童心みたいなものを自分の中につかまえられている、ということだと思います。
横尾 それが核だと思います。芸術的創造の核はアンファンテリズム、幼児性というのかな 。幼児性を率直に表現すれば、そこに自ずと多様性というアイデンティティは出てくるわけです。だけど、幼児性を思想化したらその時点で、その人は終わり。
川村 ピカソも子どもの絵と見間違われるぐらいのことを50歳を過ぎてやっていますね。
横尾 立派な思想で絵を描いたって面白くないということです。今は現代美術のアーティストでも作品の裏づけをとって解説する人が多いけれど、必要ないですよ。

自分を変えたいなら環境を変えればいいというのは、真理です。結局、人間は怠惰な生き物なので、環境を変えて強制的に変えざるをえない環境に自分の身を置いてしまうことが1番楽なんですよね。僕も環境を変えることは意識してきました。

参考

林修先生から学ぶ!人間は「環境」に左右される生き物ともろぐ

そして、分別がついていないからこそ、「他人から見たときに幼稚に思われたくないという気持ち」がなくて、色々な物事に挑戦できて、貴重な経験を積むことができたということがあったので、とても共感しました。小利口よりもバカが強いとはホリエモンの口癖です。

参考

堀江貴文氏が語るリーダーはバカの方がいい理由ともろぐ

学校はモノにならない

川村 僕も大学時代は、バンドをやって、映画をつくって、バックパッカーをやって、まともに授業を受けてなかったですね。
坂本 そうですよね。音楽の学校に真面目に行っている人には申し訳ないけれど、ほとんどモノにならない(笑)。演奏家や作曲家は違うかもしれないけれど、例えば音楽の世界のエンジニアなんかで、どこの国でも「うわ、こいつはすごい」って人は、だいたい学校に行ってないんですよね。
川村 結局は丁稚奉公が強いっていう。
坂本 そういうことです。僕がかわいがっているドイツ人のエンジニアもすごく落ち着いていて、技術も能力も高いんだけど、24歳にしてすでにおっさんくさい(笑)。聞いたら、「14歳から今の世界に身を置いてる」って言ってました。イギリスもそういうタイプが多いですね。「ちゃんと大学を出ないと」みたいなプレッシャーが少ない社会なんだと思います。あと、割と早くから自分が何になりたいかってことを考えさせて、そのためにはこういう知識や技術がいるってことを教えるという傾向も強いんじゃないかな。勉強するってことは過去を知ることで、過去の真似をしないため、自分の独自なものをつくりたいから勉強するんですよ。本当に誰もやっていないことをやれるかどうかという保証なんかなくても、少なくともそこを目指さないと。
川村 そう思います。ただ「過去から学べ」と言う人は多いけれど、「何のために、どう学ぶのか」を具体的に教えてくれる人が少なすぎる気がします。

学校に真面目に行っている人よりも、自分がやりたいことや興味あることに没頭している人の方が、遥かに成功しているし、スキルが高いというのは、社会人になってみて実感したことの1つですね。坂本龍一さんの時代から国問わずそうなんですね。

目の前の仕事をキャンセルできない人はだめ

川村 そういえば秋元康さんにも「寝ないで仕事をしろ」と言われました(笑)。
坂本 『ラストエンペラー』でオファーがきたときも初めは役者の仕事で、「来週、北京に来い」っていきなりベルナルド・ベルトルッチ監督から電話がかかってきて。「スケジュールが詰まってる」って言ったら「全部キャンセルしろ」と言われて(笑)。でも、行きましたよね。
川村 そこで目の前の仕事をキャンセルできない人はだめなんでしょうね。
坂本 だめですよね。しかも、音楽のオファーも撮影が終わって数カ月も経って、またいきなり電話がかかってきて「来週までに音楽をやれ」って(笑)。結局、チケットも売り終わっていたツアーをキャンセルしましたもん。
川村 そういうことですよね。でも、それでアカデミー賞を受賞されたわけですからね。時間をかけてつくらせてください、なんてあり得ない状況で。
坂本 時間をかけてやったところで、いいものなんてできないですよ。半年でも1週間でもやることはさほど変わらないし、締め切りが目の前にこないと動かないでしょ。

坂本龍一さんも秋元康さんと同様に寝ないで仕事するタイプの人みたいですね。そして面白いのが、ラストエンペラーのオファーの経緯です。そう、チャンスを掴む人って、何か誘われたときに、そこですぐに「YES」といえることなんですよね。

だから、暇人って最強だと思うんです。会社員だとなかなか「NO」と言えないと思うので、そこがデメリットだと強く感じます。本当にチャンスを掴む人は、嘘でもついて会社を休んでまでチャンスを掴みにくるがリスクを取れる人だと思います。

ちなみに僕は坂本龍一さんの戦場のメリークリスマスがとても好きです。

まとめ「仕事で悩んだとき、辛いとき、どうやって乗り越えましたか?」

一年間。 僕が12人に訊ね続けたことが、もう一つあった。 「仕事で悩んだとき、辛いとき、どうやって乗り越えましたか?」 (中略)

  1. 真似ることで学ぶ、
  2. 素人であり続ける、
  3. 自分の原体験に向き合う、
  4. 無理をしてでもやる、
  5. 間違うことをよしとする、
  6. 自分の目で物を見る、
  7. どう生きるかを面白くやる、
  8. 世界を受容する、
  9. 共通無意識にアクセスする、
  10. 野次馬的にやる、
  11. 崩落した先に道を見つける、
  12. オリジナルであるために学ぶ。

誰もが、自分なりの方法を見つけ、その壁を乗り越えていた。 経験や失敗から自分の信念を導き出して、仕事を「仕事。」にしていたのだ。 その方法は一つではない。 人それぞれなのだ。 答えはどのビジネス書にも書かれていない。 仕事をしながら、自分だけの「仕事。」を見つけるしかないのだ。

読書の皆さんに少しでも多くの学びを共有したいと思いまして、多めに引用させてもらいました。この本のいいところは、全員が各分野の大御所という点です。つい平成世代の僕は、若い世代の情報ばかり収集してしまうので、とても参考になります。

この他にもたくさんの興味深い箇所や印象深い箇所が多く掲載されていましたので、仕事を楽しく面白いものにしたい方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

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